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ohta
2007 ohta立ち上げ
        イエール国際モードフェスティバルに参加
2011 映像作品でロッテルダム国際映画祭参加
2012 東京現代美術館にて「Feature Beauty日本のファッションの未来性」出展

〇ブランドアイデア 
 コレクションは私​にとって 自分以外の世界との基点であり 意義ある日々への道標です
 ファッションを通して軌跡を残し 新たなる基点になれるよう
 清らかな暮らしに思いを巡らせ 心地よい衣服をつくり歩んでいきたいと思います

† August 17th, 2017

ピーマン 正義

editor

       ohta,PalmmaisoniEDIT

先日、ピーマンを収穫した。

庭で育てたピーマンなので、お店に並ぶような整った色や形をしている訳ではない。

しかし、その歪な形、黒いシミ、ぬめっとした質感とそれらの摩訶不思議な組み合わせに美しさを感じる。

 

何故美しいのか?

 

答えが出なさそうなことは解っているし、出たとしても大した価値もないと思っているが、趣味的に日常の様々なことからこれを探っている。

 

 

「正義」

1人の道にかなっていて正しいこと。

2正しい意義。また、正しい解釈。

3人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範。 (goo辞書より)

 

読んで引っかかる点

「人の道」とは何か?

育った環境や国、年齢によってそのひとぞれぞれの「人の道」があるから、人や文化の数だけ正義がある、ということか?

「正しい解釈」とあるが、個人の解釈もあれば、国単位の解釈もある。現代人の解釈もあれば、未来の人の解釈もある。

「社会行動の評価基準」の社会行動は社会変化によるので、その規範が時間により変化する。

 

辞書を読むと「正義」という言葉は、見る側の人、その範囲、時間、場所等により常に変化するかなり曖昧な印象がする。

 

例えば、多くの人が共有するだろう「人を傷つけてはいけない」という「正義」がある。

この正義を握りしめて、万引き犯の顔面をグーで殴るのはどうだろうか?

「鼻血出した後、彼は改心し自首することになった」なら「正義」?

「万引き犯に殴り返されて、もみ合いのすえ、思わずカっとなって犯人が所持していたナイフで刺してしまった」は不正義?

「殴られた犯人は運悪く床で頭を打ちつけ、記憶喪失になって日常を送れなくなった」は?

殴った意図に関わらず、運も関係するかもしれない。

 

ここに書いてある「正義」とは線引きなので、常に「不正義」を必要としそうだ。

このように考えると、数えたことはないが、全人類が共有できる「正義」は一つも無いのかもしれない。

だが、実際はそのどちらでもないグラーデションゾーンがほとんどの領域を占めていそうだ。

 

白でも黒でもない、見方によって、白にも見えるけれども黒にも見える。

「何色に見えるのか」ということと同時に、「どこからみているか」が在る。

自分はこっちから見て白に見えるが、あなたはそっちから見ているからグレイに見える。

ただ、解釈を加えない事実はひとつ。

 

あなたの正義は、私にとって不正義だが、見方によってはどちらでもない領域になる可能性がいつもある。

線引きとそれ以外のグラデーションの認識によって、いま目の前に一つしか無い事実の見え方、自己の価値判断が大きく変わる。

 


事実は「ピーマンがある」のみで、「美しいピーマン」は存在しない。

意識的にでなくとも、似たような角度から捉えた者、線引きした者の中に同じような「美しいピーマン」が現れる。

 

デザインにも、一つの正しい線、正しい角度というものは存在していないはずだ。

相互作用の過程として、見る側に作る側の「美しいもの」の片鱗がたち現れる。

洋服を着る側は作る側でもあると考える、常識的な線引きを取り除けば。




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GUSTAVE HIGUCHIYUKO

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